恥ずかしながら、この年になるまでお茶の世界に縁がないまま暮らしてきました。いえ、あえて避けてきたという方が正確かもしれません。
木登り大好き、お転婆だった娘時代に「行儀見習いにお茶でも」と言われて反発を憶えたから。
さらには、高校の茶道の体験授業で、正座が苦手な私は最後立ち上がれず、、、の醜態をさらし、これがトラウマに。
そんな私が、お茶会に出席することになりました。って自分で決めたんですが。実は一大決心が必要でした(笑)。
これって、キュレーション!
陶芸家の二階堂明弘さんからご案内をいただき、関内駅から数分のところにある茶室Shuhallyでの茶会に参加してきました。
お茶会はさまざまな道具の取り合わせを楽しむために、複数の作家さんの作品で構成するのが常ですが(キュレーションですね)、今回は二階堂明弘さんの作品のみを使っているとのこと。
Shuhallyのホームページを見ると、
Shuhallyのテーマは「守 破 離」。千利休が残した言葉。
「基本を守り、創意工夫を加え、独自のスタイルとして確立する。」
とあります。
茶道だけではなく、さまざまなことに通じる言葉ですね。
待合にはこんな作品が。二点組の作品でこちらが女性。床の間においてあるのが男性。「おれは死んでも、お前は死ぬな(by 西城秀樹)」というタイトルを二階堂さんからきかされ、一同一瞬反応に窮して沈黙、、、w
マンションの中の茶室なのですが、なんと、お庭までちゃんとあるのです。
まさか駅前のマンションの中にこんな世界が広がるなど、想像していませんでした。GOOD DESIGN賞を受賞しているとあとで知りました。
いかにもと納得。
お庭を拝見した後は、にじり口から茶室に入ります。
天井はステンレス、畳も黒が入ったシックな空間。
床の間の掛け軸の鮮烈な赤にまずグッときてしまいました。
松永さんのお花、妖しい感じが素敵。
みた目、香り、味わい、ストーリーまで。じっくり感じる贅沢時間
和菓子をいただきます。
この日のお菓子は、お噂だけは前から伺っていたwagashiasobiさんの手になるもの。
散る桜の季節にあわせ、川面に浮かぶ桜の花びらを表現。うっすらとした桜色、苺の酸味と風味、甘みが本当においしい。久しぶりに心からおいしい!と思える和菓子にあえました。
薄暗い空間の中で、二階堂さんの黒いお皿にのせられてきた上品な桜色のお菓子。見た目、味、香り、じっくり味わうことになります。そして器も。
私が使った器は1cmほどの厚みのある重さもそれなりにあるものでした。
料理撮影のときって黒い器はカメラマンさんの多くはあまり好まないのですが、個人的にはとても好きなんですよね。は余談。
お茶をいただきます。
主客から順番にお茶をたてていただきます。
私がいただいたお茶碗は、泥をかけてからそれを丁寧に砥石で削ったものとのこと。
写真を撮らなかったのが心残りです。
初め、桜の花びら?と思いました。でも手に持つと違います。
光の加減やその時の気持ちによって星のようにも、花びらのようにも、吹雪のようにも見えるかもしれません。
素敵!
と思ったら友人が購入していました。
どなたかにお茶をたてていただいて、あのお茶碗でまたお茶をいただける機会はありそう。
器選び、唇との相性も大切な要素
お茶をいただきながらのお話。
「売り物であるはずの器でお茶やお酒をいただくなんて!」という方もいらっしゃるかもしれませんが、僕たちはそんなことまったく思っていないんですよね。
確かに。
たとえばギャラリーに並ぶ器でまずは一度お茶を飲んでから購入するかどうかを決めるという感覚はないですよね。
この日は、お茶をいただいたあと、主人の松村さんが神奈川県のお酒、丹沢山を取り出し、「お好きな器でどうぞ」との粋なおもてなしをしてくださいました。
「器、どれにしよう」と迷いながら、欲張りな私は、一杯目と二杯目と別の器を使わせていただきました。
初めの器は、ゴツゴツとして厚く、白と黒とがきいた男性的なもの。
造形は好きですが、唇にあたった時が厚すぎるという印象(これはまったく個人的な好みです)。
二杯目に使わせてもらったのは、益子青磁。
一般の青磁のイメージとは異なりぐっと緑が強いです。
初めの器とはまったく異なり、薄いつくり。
二階堂さんの他の器でも感じる高台から斜めにすっと伸びた直線が潔い。
口当たりはあくまでも薄く軽く、そしてちょっと冷たい印象。
デビッド・ボウイのあのちょっと冷酷そうな唇を連想。
試してみてから買うことができたら素敵
器は見て楽しむだけのものではないので、いくら美しくても、触れた感じが気に入らないと、使わなくなってしまうものってあります。
ま、観賞用と割り切るのもありですが。
とはいえ、やはり、
急須なら、まわらないこと、注ぎやすいことなど、用と美が並列する。
ぐいのみや茶碗はやはり持った時の手との馴染み、口あたり。
試してから買えたら素敵。
でもそれには不特定多数の人の唇や手が触れているものを買うことに抵抗がない人が増える必要がありますね。
むしろ、それがかっこいいじゃない?みたいな。
骨董はその変遷の歴史がストーリーになり、価値になることを考えれば、別におかしいことでもないですが。
器を愛でる。
料理やお菓子、お茶、お酒、人が手をかけて創ったものを、しっかり味わう。
日常の世界から切り離されることで、普段気づかないものに気づくことができる、お茶というしかけ。
写真もどんどん撮ってOKですよ、膝も崩してくださいね。
というカジュアルなお茶会。
トラウマを克服できたかな。
お茶の世界、これからちょっとのぞいてみたくなりました。
「牛歩」ですが。
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