あの「手紙」から広がった世界〜星野道夫写真展〜

星野道夫の著作は多くを読んできて、そのうちの数冊は折に触れて読み直している。映画「地球交響曲第3番」でも彼の世界に触れていた。
彼の世界に触れると、心が落ち着いて、その後何かが私の中でスックと立ち上がるような感覚をいつも覚える。今回もそうだった。

海の底のウミウシもまた

星野道夫の写真を見ると、人間の営みとは関係なく、地球上にはどれだけたくさんの生き物たちがそれぞれの生を生きていることだろうと改めて感じさせられる。
海の底に潜って、美しい色彩を持つほんの数センチの大きさのウミウシたちが寄り添っているのを目にする時、私はいつも同じ感覚を覚える。
ウミウシにとっても、アラスカの生き物たちにとっても、もちろん人間にとっても地球あっての命なのだ。

一通の手紙から広がっていった世界

彼が最初のアラスカ行きを決めたのは、ある写真集を見たことがきっかけという。
その村にどうしても行ってみたい、その景色を見てみたいという思いから、その村の村長あてに村に泊めてほしいと手紙をしたためる。


インターネットはない時代。
アラスカに手紙が届くには10日はかかったはず。
今は懐かしき、薄いブルーのAEROGRAMME(航空書簡)には、THE MAYORと10代の彼の筆跡で宛名が書かれていた。

半年後に戻ってきた返事。
You can stay with us.
その一言を頼りに、遠くアラスカのその村を目指す。

10代の少年の思いが、手紙を書くと言う行為によって遠くアラスカに住む人の心に届き、そこからさまざまなことが起こっていく。
その初めの小さな勇気がなければ、星野道夫の世界は生まれなかった。
平日の昼間だというのに、多くの人たちがその写真を見、引用された彼の言葉を読み、何がしかを感じて帰路につく。

展示を全て見てからまた入り口に戻り、そのブルーのAEROGRAMMEを改めて見た。話としては知っていたが、その実物の存在感は、少なくとも私にとっては圧倒的だった。
彼の人生を、そしてその周りにいた多くの人の人生を変えるきっかけになった手紙は、私にも勇気をあたえてくれているように思えた。

松屋銀座にて9/5まで。