「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」を読んで

引用されていたヨーゼフ・ボイスの言葉が、響いた。

「社会彫刻」


「すべての人はアーティストとしての自覚と美意識を持って社会に関わるべきだ。この世界をどのようにしたいかというビジョンを持って、毎日の生活を送るべきだ。」

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか
世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか

エリート社員を目指す人のためだけに書かれた本ではない

著者の山口周氏は美術史で修士をとり、外資系コンサルティング会社に勤務。そんな氏が、これからのエリートになぜ美意識が必要なのか、どうしたら美意識が鍛えられるのかについて書いた本。

彼の立場から、あるいは売れる本作りのために、エリート社員として勝ち残りたい人たち向けの本のような体裁になっているが、これからの時代に必要な視点が書かれている。
私のように、そのカテゴリーに入らない人にとっても読む価値がある本と思う。

これからの時代をどう捉えるか

 氏は、現在及びこれからの社会を以下のように考えている。

①論理思考の普及による正解のコモディティ化、差別化の消失
②全地球規模の自己実現欲求市場の誕生
③システムの変化にルールの整備が追いつかない社会

 


そんな現代では、論理的にいくら考えても答えが出せないこと、ルールがない中での判断を迫られることが増える。また人の承認欲求や自己実現欲求を刺激する感性や美意識が求められる。

となれば、自分の美意識を磨き、それに基づいて意思決定をしていく必要があると説く。

経営の中心にアートを据える必要がある

経営における意思決定のクォリティは、

アート(=ビジョン)
サイエンス(=体系的な分析や評価)
クラフト(=経験や知識)

の3つのバランスによって大きく変わるが、アートはアカウンタビリティ(なぜそうするのかを説明できること)において劣るために、後二者に比べて従来軽視されてきた。

が、ここにおいて、アートをトップに据えて、サイエンスとクラフトが両翼を担うという形こそが望まれるとする。

美意識を高めるために、何が有効か

<絵画を見る>

専門家として能力を高めることはパターン認識力を高めることになるが、これは一方で物事を虚心坦懐に見る能力を失うことにもつながる危険性がある。絵画を観る(ただ見るだけではなく、気づいたことを言葉にする、対話するなどの)訓練をすることによって、その危険を回避できるとする。

<哲学に親しむ>
哲学の歴史は疑いの歴史である。
哲学を学ぶことで無批判にシステムを受け入れるという悪(ハンナ・アーレントの例をあげている)に陥らなくて済む。

<文学を読む>
自分にとっての「真、善、美」を考える最も有効なエクササイズであるとする。
偏差値は高いけれど美意識は低い人に共通しているのは文学を読んでいない人、と氏は感じている。また、
特に詩は、人の心を動かすために必要なメタファーの引き出しを増やすために有効であるとする。

エリートに必要とされる戦略とは?

これからの時代のエリートに求められる戦略は、システムの内部にいてこれに自分を最適化させながらも、システムそのものへの懐疑は失わないこと。そして、システムに対して発言力や影響力を発揮できるだけの権力を獲得すべく動きつつ、理想的な社会の実現に向けて、システムの改変を試みることである、とする。

 

社会人になってから学びなおすのももちろん必要だろうが(でもその受け皿は日本にどれだけあるのだろう?)、この本を読んで、日本の教育制度の大きな見直しが必要になるように改めて感じてしまった。

おまけ:心に残った言葉や、思い出したこと

 

①引用されていた小林秀雄の言葉
「菫の花だと解ると言う事は、花の姿や色の美しい感じを言葉で置き換えてしまう事です。」(「美を求める心」より)
 学生時代、小林秀雄の著作を貪るように読んだ。そして亡き父と口論になったことも(笑)。が、当時どれだけ理解していただろう?



②アン・モロー・リンドバーグや、ポール・クローデル(ロダンのパートナーとして知られるカミーユ・クローデルの実弟であり外交官)らが、日本の美意識を高く評価していたことをこの著書で知った。


アンの著書「海からの贈り物」は20代からの愛読書であり、彼女の人生は私に何がしかの影響を与えている。

カミーユについての評伝(表紙のイメージから、おそらく「ふたりであること」)をかつて読み、彼女の生きる哀しさに感じるものがあった。パリのロダン美術館を訪れた時に、カミーユと共同制作と思われる作品や、カミーユをモチーフとした作品を複雑な想いで観たのを思い出した。



③フランスの教育制度で哲学がとても重視されている事について触れられていた。
以前驚きを持って読んだ「哲学する子どもたち:バカロレアの国フランスの教育事情」を思い出した。
この本は、これからの教育を考える上で、とても参考になると感じた。